法は命令である。ではその命令は誰が下すのか?実は簡単なようで、簡単ではないのです。法を下すのは罪を犯していない者が、罪を犯した者に下すのです。罪を犯した者の下す法で、罪を犯した者を裁けるはずもないのだから。

と言う簡単な論理がありますが、実は罪を犯していないと言う人間はいません。聖書に書いてある「人が人を裁けない」と言う所以はそこから来ているのです。
ではどうやって人の罪を裁くのか?神の言葉(聖書)を見聞きし、それを理解し、その言葉を伝える事が人間のできる裁きなのです。自分の言葉ではなく、神の言葉(聖書)でしか、人を裁くことはできません。故に、聖書を否定する日本は、決して、善人が悪人を裁くことがなく、悪人が、善人や悪人を裁いているのです。