『懺悔の言葉』神への贖い

自由を否定し、自由を奪い、自由から目を背ける者は、何れ、自由によって裁かれる。個人を否定し、個人の自立を奪い、個人の権利から目を背ける者は、何れ、個人によって裁かれる。真実を否定し、真実を隠蔽し、真実から眼を背ける者は、何れ真実によって裁かれる。それらに対して、沈黙する人々もまた同罪である。 No Justice ! No peace ! 正義とは 「善に基づいた行動、良心に従った発言」 自由とは 「自分を愛するように貴方の隣人を愛する事」 『主の目はどこにでもあって、悪人と善人とを見張っている』【箴言 第15章 第03節】

真実を追求します。それは宗教や信仰ではなく、科学的、倫理的、哲学的根拠で求める事です。自分を愛するように貴方の隣人を愛しなさい。

安倍晋三の愚業

安倍晋三が日本国に憎しみと分断をもたらしてしまった。この禍根を覆すのには、相当な時間を要するだろう。
天皇と自民党に支配され続ける限り、日本人は憎しみと分断から逃れられない。それが日本人の永遠の贖いだ。神は決して日本人(もちらん私も含みます)を許さない。
私は神に切望します。私が日本人として生まれたことをお許しください、と。

私は邪悪だ

人につまずきを与える私は、人からつまずきを与えられる。
私は心の中で絶えず、他人のつまずきを望んでいる。
わたしは偽善者だ。邪悪だ。絶えず、他人のつまずきを心密かに望んで、心の底で嘲笑している。わたしは偽善だ!邪悪だ!私の憎しみに満ちた思考と概念と本性は絶えず、他人の失敗を願い、自らの失敗を恐れている。故に他人のつまずきを切望する。なんと卑怯者で、堕落し、サタンの僕であることか!私は死ね!他人のつまずきをせせら笑い、密かに望む私は死ね!
お前のその邪悪な「つまずきを与える妬み」よりは、お前のその好色で淫乱で醜い姿がお似合いだ!

『それゆえ、今後わたしたちは、互にさばき合うことをやめよう。むしろ、あなたがたは、妨げとなる物や、つまずきとなる物を兄弟の前に置かないことに、決めるがよい。』【ローマ人への手紙 第14章 第13節】

私はつまずきを与え妬みを持った私を警戒する。

私は油断する

同じ失敗を何度となく繰り返す私は必ず有頂天になり、高飛車になり、高慢になって、他人を見下す。
そしてその汚らしい態度は、他人をつまずかせる。

お前はもういい・・・・お前のような高慢で欺瞞で偽善者はもういい。神はお前(私)を必ずゲヘナに突き落とす。お前の自分を省みない態度は神の法に背く。
神はお前の仕業を滅ぼす。お前は絶えず、油断し、愛想をばら撒き、媚びへつらいながら、そして他人を蔑む。その偽善を神は最大限に嫌う。

あぁ・・・私は偽善者だ!偽善者だ!偽善者だ!偽善者だ!救いようのない狂った偽善者だ!

偽善者はゲヘナへ落ちる

お前は聖書を読み、幾度となく涙を流すが、その涙の全てが偽善なのだ。何故ならお前は幾度となく、その流した涙以上の数の偽善を行った。お前は涙で全てを贖えるとでも思っているのか?その高ぶった涙で許しを請えるとでも思っているのか?神はすべてのものを見ている。お前の内臓も、脳味噌も、思考も、悪巧みも、悪も、邪も。お前は聖書を読みながら、その善と正義を理解していきながら、それに背いた。それは神が一番、忌み嫌う行為である。もはや、お前に善はない。救いもない。地獄()から地獄(ゲヘナ)に落ちるだけだ。

サタンに支配される時

なぜだろう?なぜだろう?私はサタンに支配されている。今はサタンは影を潜めている。しかし、何れ私の中のサタンがまた私を壊してしまう。

私は神に支配されているのか?サタンに支配されているのか?
神は永遠で、全宇宙の支配者である。それはつまり、サタンもその支配下なのである。
神よ!私からサタンを遠ざけてください。
私をあなたの直接の支配下に置いてください。
私は日々、あなたの正義と自由と平等と真実を追い求めています。

私にサタンを支配させてください。
私はサタンの悪行と誘惑と堕落と腐敗を知っています。

私はあなたの右の座も、左の座も座れる存在でないことは知っています。
どうか、私をサタンの配下ではなく、ただただ主の配下に置いてください。

嘘と言う本当の事

私は嘘をついています。しかし、それは本当のことなんです。
嘘だけど、それは私の本心であり、私の本当の姿なんです。
そしてその本当の姿は悪魔に支配された醜く汚らしく、異臭を放つモンスターでしかありません。
私はゲヘナへ落ちます。それは神の命令です。悪魔を受け入れて、悪魔と戯れる私の犯してはいけない嘘の贖いです。

私の責任

私は他人のせいにしません。全て私の責任です。全て私のサタンに従った責任です。だから他人のせいにしません。私から邪悪で愚かで不正な行動を行っているのです。大淫婦バビロンの様に。

同居して

生きていくしかありません。私の人生の半分以上が私に偽証して生きてきたのです。ただその偽証を明かすと、それはサタンを受け入れることになるのです。私の心の中の善と悪が絶えず、私の心の中で戦っているのです。私は一時期、その悪に打ち勝ったかのように見えました。私の善が私を聖者のごとく、正しく、正直に生きている様に見えました。しかしそれはまやかしでしかありません。私の心の中のサタンは私の心の片隅で密かに潜伏していたのです。
そして今また、そのサタンは私をふしだらで強欲で、好色で、大淫婦バビロンの様に私を堕落させるのです。私はサタンに負けたのです。私は人間です。神が創造した人間です。神は私を創ったのです。そして神は私の罪を贖うために私の心にサタンを棲まわせているのです。

私は私の罪を贖うために、神の指示によってサタンを受け入れます。私の心にサタンを棲まわせた神の命令に従います。そしての奇すしい業をおこなう神を恐れます。サタンが棲まう私でさえ、神は私をお創りになったのですから。私は永遠に贖います。

諦めました

私は私の中にある善と悪の両方を受け入れます。それは神に背く行為であり、サタンを受け入れる行為です。私は何度となく神に切望しましたが、私の中にあるサタンは私から出て行かなず、そして、私はそのサタンを引き留めているのです。それは私が生まれてきた運命であり、そして、贖いです。神様、私の罪を許してください。私の悪を容赦してください。私は私の運命に従います。それは神が私に命じた運命なのです。地獄に落ちるのも受け入れます。受け入れたくありませんが、受け入れざるを得ないのです。私が私の悪を、私自身で喜んでいるのですから・・・・・。哀れな人間です。神よ、私をお許しください。

生まれた理由

私達はだれしも望んで生まれてきたものはいません。言葉を変えれば、私達は強制的にこの地球に生まれさせられたのです。それは人間でも象でも猫でも蟻でも同じです。
だから私たちは私たちの自由を奪ってはいけないのです。私たちが強制的に存在させられた見返りとして私たちは自由に生きる権利と責任と義務があるのです。そしてこの公平に与えられた自由を誰も奪うことは出来ないのです。
自由とは?あなたの身勝手は、他人の自由を奪います。それは自由ではありません。
自由とは「自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさい」この概念はあなたを身勝手にしません。
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